文化・芸術

2011年2月13日 (日)

論語と,違和感

昔から漢詩や漢文が好きです.
NHKの漢詩紀行録り貯めてたり書初めで好きな漢詩書いてみたりしてます.

#自分で詩を綴るだけの実力はありませんが…

なぜ漢詩や漢文を好きになったかと考えてみると
中国には日本より長い歴史があり,
多くの人々が多くの言葉を残していることが一つの魅力でしょうか.
つまり辿ってみればどこかに似たような境遇だったり,
同じような心境だったりする人がいて,
その思いであったり,思考実験の成果であったり,
その結果選択した行動やその帰結であったりを知ることができます.

さて,そんな漢文の代表と言えばまず挙がるのは『論語』でしょう.
でも,この『論語』を見ると正直自分は警戒してしまいます.
特に"エラい人"が『論語』を引用してた際には,
少なからず反発する気持ちがわき上がってきます.

ご存知のことかもしれませんが
論語とは紀元前500年ごろの思想家孔子(孔丘)や,その高弟の言葉をまとめたものです
その思想としては古の周の時代を理想として徳治主義を説いたわけですが,
後に様々な解釈が生まれて

・昔の理想の時代から離れていく時代にある(昔>今の論理,変化の否定)
・親が高貴であるから子も高貴である(身分制・世襲の肯定)

という為政者の論理として,
特に東アジアの封建社会で使用されたという事実があります.

無論,『論語』ひとつひとつを取り上げるといい言葉は一杯あり,
また共感する考え方や思想のフレームワークは一杯あるのですが,
でも「今より昔の方が良かった」なんて言われた日には
今日より明日の方がよりよくなることをモチベーションとする技術者にとっては
到底受け入れ難い考えと言わざるをえません.
多分,これが論語に対する反発感の源泉でしょう.

しかし,ここで一つ謎が残ります.
明日の方が良くなるという思いこそ人が何かを改善していこうとする源泉です.
孔子先生の思いも「より良い社会を作っていこう」という所にあるのは明白なのに,
なぜそれに反する思想体系を作ったのでしょうか?

最近,それに対する答えの仮説を立てることができました.
そのきっかけになった本が2つ

内田樹『日本辺境論』 (新潮新書)
http://www.amazon.co.jp/dp/4106103362

陳舜臣『小説十八史略』
http://www.amazon.co.jp/dp/4061850776

まず,『日本辺境論』に記されていた"学び"の本質についての記述で
大きく蒙が啓かれました.
それは要約すると
「学びにおいて師は必ずしも優れている必要はない,
 師の中に"理想の姿"を自分で見いだしそれに近づこうと努力することが学び」
ということです.

つまり周の政治というのは,実際優れていた必要はなく,
孔子先生によって作り出された『あるべき理想状態』でありお手本というわけです.

それではなぜ孔子先生はそのお手本をわざわざ遠い過去にもって行ったのか,
その答えらしきものが愛読書『小説十八史略』の冒頭にありました.
それは
「中国の神話は古いものほど新しいという法則がある」
ということです.
つまり,古い時代ほど新しいエピソードをくっつけやすいというわけです.
これに加えて古い時代ほど情報が失われ,
そこに新しい物語を再編集しやすいということもあるでしょう.

つまり孔子先生は
「昔にはこんな理想的な国があったんだ.
 だからそれをお手本にして自分たちもいい国を作ろうじゃないか.」
と,いわばデッチ上げたわけです.(言い方は悪いかもしれませんが…)

あくまでこれは自分なりの仮説ですが.
これが正しいとすると上記の"為政者の論理"は
非常にナンセンスであると言わざるをえません.
単に古代に仮託して作られたイメージにすぎないわけですから,
昔への回帰なんて何ら意味をなさないわけです.

そう考えると儒教思想もまあ納得できるのですが,
どこぞの社長あたりがしたり顔で
"子曰、弟子入則孝、出則弟、謹而信、汎愛衆而親仁、行有餘力。則以学文。"
あたりを引いて「年長者(=俺)を敬え」と言ってるのを見ると

この言葉を逆に投げかけてやりたくなるんですよね…
"子曰。君子義以爲質。禮以行之。孫以出之。信以成之。君子哉。"(衛霊公第十五)
(先生は言った.君子ってのは,義を行動の本質とし,礼を持って義を行い,
 謙虚さを持って義について述べ,誠意を持って義を成し遂げる.それゆえ君子なのだ.)

2011年1月 2日 (日)

1300年と,万葉集

あけましておめでとうございます.
今年もぼちぼちマイペースでPostしていきます.

さて現在実家の奈良に規制しています.
遷都1300年祭は終わりましたが奈良ブームは続いてるようでまだまだ観光客が一杯来ています.
1300年という歴史にロマンを感じるというのがやっぱりその理由でしょうが
でも,その頃生きてた人々は今の我々と案外今と変わらなかったようです.

この時代の人々の様子をもっともよく伝えてくれる資料のひとつが『万葉集』です.
最近ではPodcastでもこんな番組が配信されています
『NipponArchives 万葉集 ~ココロ・ニ・マド・ヲ~』

万葉集のスゴいところは,
天皇から名もない一般人や乞食の詠んだ歌まで収録されているほか
それに加えて詠まれた状況の解説が結構書かれてるということ.
その解説に書かれているシチュエーションがまた猛烈に人間臭いのです.
また歌の技巧がまだ完成される前なので表現がストレートなんですよね.

#まあこの番組は結構"きれいな歌"ばっかりで生々しいのが少ないんですが…


例えば
夫に離縁された女性に再婚したことを知らず求婚しにいった男の歌

白玉は 緒絶えしにきと 聞きし故に その緒また貫き 我が玉にせむ[巻第十六 3814]
(真珠の玉を繋いでる紐が切れたと聞きましたのでもう一度繋いで私のものにしたいのですが…)

それに答えてこの女性の両親
白玉の 緒絶えはまこと 然れども その緒また貫き 人持ち去にけり[巻第十六 3815]
(真珠の玉を繋いでる紐が切れたのは本当やけど,もう繋いで別の人が持っていきましたで.)

両親の微妙な気まずさと,歌を返された男が呆然とする様が目に浮かびます.

またキザな野郎もいたようで

家にある櫃に鏁(かぎ)刺し 蔵(おさ)めてし 恋の奴が つかみかかりて[巻第十六 3816]
(家の櫃のなかに鍵かけてしまっておいた,恋心って奴が,つかみかかってくるのさ)

酔っぱらったらこんな歌を口癖のようにくちずさむ親王がいたそうで…
一緒に飲むのは勘弁してほしい所です.

猛烈な惚気の歌もあります.

住吉(すみのえ)の 小集楽(をづめ)に出でて 現にも 己妻すらを 鏡と見つも[巻第十六 3808]
(住吉の歌垣に出かけてみたら,夢じゃなくて,ウチのかみさんながら,めっちゃ美人に見えるんだ.)

この当時も恋愛沙汰については女性の方が腹が据わってたようで
親に内緒で付き合ってる女性が男に詠んだ歌

事しあらば 小泊瀬山の 石城にも 隠らば共に な思い我が背[巻第十六 3806]
(もし何かあったら 小泊瀬山の石城にでも 一緒に立てこもってやるわ わが愛しい人よ)

小泊瀬山の石城は日本神話の英雄日本武尊を散々手こずらせた要塞だそうです.
そこに立てこもると言い放つ…女性は強い?!
この二人結ばれていたとしたら男が尻に敷かれていた方に一票.

なんか人物が透けて見える歌

双六の頭(さえ)を詠む歌
一二の目 のみにはあらず 五六三 四さえありけり 双六の頭[巻第十六 3827]
(一二の目だけじゃなくて,五六三四もあるよ サイコロの目)

ギャンブラー?

意味不明な歌コンテスト一位の歌

我が背子が 犢鼻にする 円石の 吉野の山に 氷魚懸(さが)れる[巻第十六 3839]
(ウチの旦那が フンドシにしている 丸石の 吉野の山に 鮎が下がっている)

賞金銭二千文(米相場換算で8万6千円相当)だったそうです.

続けて余計なお世話な歌二つ
痩せた人にひとこと

石麻呂に 我物申す 夏痩せに 良しといふものそ 鰻捕り喫(め)せ[巻第十六 3853]
(石麻呂さん,夏やせにいいらしいですぜ.鰻捕って食いなされ.)

ハンサムな男性振って醜男に嫁いだ女性に

うまし物 いづくも飽かじを 坂門らが 角のふくれに しぐひあひにけむ[巻第十六 3821]
(いい物は 誰も嫌がらないだろうに 坂門の娘は 角のデブなんぞに くっついたんだろう)


また正月にはみんな集まってくるのはこの頃も同じのようで

新しき 年の初めに 思うどち い群れて居れば 嬉しくもあるか[巻十九 4284]
(新しい年の初めに 仲間が集まってると なんとも嬉しいことだ)

千年以上前とは思えないこの人間くささ…人間って変わらないのね.

最後に万葉集の最後に記されている編者であるといわれる大伴家持が読んだ有名な正月の歌をどうぞ.

新しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いやしけ吉事(よごと)[巻二十 4516]
(新しい年の初めの 初春の 今日降る雪のように 積もれよ良い事)

この一年が皆様にとっていい年でありますように.

(引用:日本古典文学全集 萬葉集一~四  小学館)

2010年8月14日 (土)

江戸のリサイクルと,漆

江戸時代の江戸の町は高度な「リサイクル社会」だったそうです.

下名は落語好きなのですが,
その中にも古道具屋から,故紙回収,煙管の竹の交換(羅宇屋),鍋や釜の修理(鋳掛屋)といった
リサイクル業従事者が多数出てきます.

#『代書屋』の"ガタロ商"(川底のくず鉄拾い)も含めるべきかな(笑)

正直な所,江戸のリサイクル業を調べれば調べるほど
今の日本社会のほうが退化しちまったんじゃないかとさえ思えてきます.
"廃棄物が出ない"社会というのが過言ではないぐらい.
なんせ廃棄物が価値を持って取引されるぐらいなのですから.

#例えば長屋の屎尿はその大家の持ち物とされ,農家に売られて収入源となったとか.

さてその中で気になったのが「陶器のリサイクル」です.
江戸時代は割れた陶器さえ継いで使ったそうですが,
その方法については落語の中で言及はありませんでした.
以来,ずっとこの疑問が頭の中に残っていました.

そんなある日,東急ハンズで"金継キット"なるものを見つけました.
で,そんな頃にうっかり招き猫(メモ立て)を倒したところ腕が折れてしまいました.
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(古い携帯で撮った写真ですので画質の荒さ,ピンぼけはご容赦のほどを.)

こりゃ継ぐしかないでしょう.
というわけで金継キットを買って来てトライしてみました.

方法としては割れた面に砥の粉を混ぜた漆を塗り,
ご飯粒を練り込んだ漆で繋ぐという方法です.

結構,接着理論の理にかなった手法です.
界面剥離を防ぐために表面に密着するものを塗り,
強度部材となるものでその間を埋める.
接着剤は同種のものなのでその間での界面剥離は起こりにくい.

そして最後に外観を整えるために金粉を塗る.
(まあここは実用品には不要の処理かもしれませんが.)

そうして出来上がったのがコレ
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思った以上にガッチリ固定されました.
修理してからもう2年ほど使っていますが素人仕事なのに外れる気配はありません。
また余った麦漆(ご飯粒を練り込んだ漆)が石みたいにカチカチに固まったのが印象的でした.

以来,漆という材料に魅せられています.
加わるフィラーにより性質を様々に変え,その特質にあった用途に用いられる.
乾燥すると人体に無害で,色美しくおまけに植物由来なのに熱に強い.
非常に面白い材料です.

もう少し色々勉強してみたいと思っています.